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ぼくの住んでいるところと、
彼女の住んでいるところは、
東北自動車道を走り続けたら、
ちょうど5時間ほどの距離になる。

高速道路を5時間走るという行為は、
日常生活においては、
ドライバーの仕事でもしていない限り、
特別な行為だと思う。

だけど、あの頃のぼくは、
彼女と逢えるなら(例え数分でも)、
近所のコンビニに買い物に行くノリで、
車を走らせていた。

ぼくにとって、
高速道路を何時間走ろうが、
そんなことはどうでも良くて、
彼女に逢うための、
ただの待ち時間のようなものに
過ぎなかった。

車にキーを差し込んで、
アクセルを踏んでいれば、
彼女に逢える。

このシンプルな発想に基づいて、
ぼくは、何時間でも、車を走らせた。

実際のところ、
彼女との関係についての
密度のようなものがあるとしたら、
それが、もっとも濃かった時期には、
毎週のように、金曜の夜の、
東北自動車道を走っていた。


今思えば、あの時のぼくは、
実際のところ、狂っていた。

日常生活に支障が出るほど、
彼女のことばかり考えていた。

彼女のことは、何もかも、ほしい。
もちろん、彼女のことを、
まるごとほしい。

彼女がいなければ、
ぼくが存在する意味はない。

全てを犠牲にしてでも、
一生、彼女を愛し続け、守り通そう。

なぜなら、それが、
(当時のぼくが考える)
究極で正しい愛のカタチだから。


ごめんなさい。

19の頃の想い出である、
その2のときの内容を、
コピペしてしまいました(笑)

「ぼくがまだ恋愛してたときのころの話 その2」
http://spfac.blog129.fc2.com/blog-entry-234.html


というのも、
その2で書いた19のぼくの想いは、
15年以上経過した後に実現してしまった、
奇跡のような再会で、
見事に再現されてしまった上に、
社会人としての財力が加わり、
よりパワフルに成長してしまっていたから。

一回コピペしたぐらいでは、
足りないぐらい、
蘇った彼女への想いは、
どんどん膨らみ、煌めき、
さながら、暴れ龍のように、
ぼくの中を飛び回っていた。

そんなわけで、
この頃のぼくは、何度も何度も高速に乗り、
何度も何度も、彼女に逢いに行った。


思えば、あのときは、
逢う回数が、増えれば増えるほど、
彼女が、自分のものになるような
気がしていた。

彼女を自分のものにしたかった。

そうしなければ、
究極で正しい愛のカタチを、
完成出来ないのだ、と思っていた。


でも、想いが、募れば募るほど、
ぼくは、ぼくの中に構築されていた
「愛の論理」についての、
たくさんの矛盾に、気付き始めていた。


そもそも、
「彼女を自分のものにする。」
とは、具体的には、どういうことなのか。

彼女を自分のものにする?

気が遠くなるぐらい長く、
息のつまるような、キスをしたとしても、
到底、自分のものになんて、
出来ないじゃないか。

跡が付いてしまうぐらい強く、
思い切り抱き締め合ったとしても、
必ず、腕は、ほどかれ、
個々の身体に戻ってしまうじゃないか。

逆に、
キスをすればするほど、
抱き締め合えば抱き締め合う程、
2人を確実に結び付けるものなど、
どこにも存在しないことが、
証明されてしまうような気がした。

これだけ愛しても、愛されても、愛し合っても、
現実は、なんにも、結べていない気がした。

出来ることをすべて行い、全力投球しても、
ぼくは、片想いのままだった。

彼女が、愛してる、と言ってくれて、
すべてを預けてくれているときでさえ、
ぼくは、片想いのままだった。

ここまで考えていたときのぼくは、
多分、心が壊れる、
一歩手前の状態だったと思う。

で、ガケっぷちのような所に立ちながら、
ある日、ふと、気付いた。

ぼくは、彼女を、
独占したいだけなのではないのか?

「彼女を独占すること」と、
「彼女を愛すること」は、
ぜんぜん、別なことだ。

本気で、彼女を愛しているなら、
自分のことなんかどうでもよくて、
彼女が幸せになることだけを、
望むのではないのか?

自分が愛している人は、
自分にとって大切な人である。

自分にとって大切な人には、
(自分の都合や状態に関係なく)
ずっと幸せでいてほしい、と思うのは、
当たり前のことだ。

それなのに、ぼくは、
自分のことばかり考えていた。

愛しているとか、好きだとかいいながら、
結局は、自分の欲求を満たしたいだけだった。

彼女の気持ちを、
ずっとぼくの方を向かせておきたい、とか、
彼女が心変わりをして、
また、フラれてしまったらどうしよう、とか、
とにかく、ずっと一緒にいたいと思うがゆえに、
結果に執着し、固まってしまっていた。

このとき、
「自由のないところに、愛はない。」
と思った。

愛があれば、自由で溢れているはずだ。

 #まだスピに気付く前なので、
 #今と愛の解釈が少し違うことを、
 #あえてお断りしておきます(笑)
 #でも、観点を狭めれば、
 #ある程度は、当たってるように思う。

そのことに気付いた途端、
それまで感じていた、いろんな矛盾が、
どんどん消滅していくのがわかった。

たとえ、自分のそばに彼女がいなくても、
たとえ、彼女がぼくのことなんか忘れているときでも、
たとえ、いつか、ぼくが嫌われてしまったとしても、
ぼくにとって、いちばん、大切なのは、
ぼくが、「彼女を好き」という気持ちだ。

そう思えた。

思えると同時に、楽になった。

張り詰めていた気持ちや、
執着との戦いで、
一歩もひけないような緊張感が、
みるみる緩んだ。

彼女との愛を継続させるためには、
彼女との関係を維持させる必要がある、
と思い込んでいたが、
そうではないのだ。

彼女への想いを継続させる上で、
必要なことなど、何もなかった。

ぼくは、彼女との状態に関係なく、
ずっと、愛し続けていられるのだ。

大好きな彼女のことを、
どれだけたくさん考えてもいいのだ。

こんな当たり前のことに気付くまで、
ぼくは、どれほどの時間、
悩み、苦しみ、寂しい想いをしたのだろう。

しかし、どれもこれも、
すべて、大切な経験だったのだ、ということが、
今なら、はっきりとわかる。

そして、このような経験は、
これからも、そして、今でも、
続いているのだ、ということも、感じる。


「無条件の愛」という言葉がある。

 # 「無償の愛」という言葉も
 # 同じ意味だ。・・・多分。

「愛」にも、いろいろ種類がある。

どれも愛には違いないのだけれど、

例えるならば、
愛の純度と不純物の割合が、
少しずつ異なる。

ちなみに、「無条件の愛」は、
愛100%である。

いろいろな愛がある中で、
ぼくらが身近に想う愛のひとつに、
「恋愛」という「愛」がある。

「恋愛」は素晴らしい。
出来れば、何度でもした方がいい。

でも「恋愛」は、
「無条件の愛」ではないことは、
意識しておいてもいいかもしれない。

「恋愛」は、「無条件の愛」ではない。

「無条件の愛」ではなく、
「条件付きの愛」だ。

例えば、どちらか、一方が、
他の異性を好きになった時点で、
その愛は終わる。

そればかりではない、
そんなふしだらな相手との愛は、
すぐにでも、終わらせるべきだ、
とさえ言われる。

このときの条件は、こうだ。

「私はあなたを愛します。」
(わたしだけを愛してくれてる間)


そんな条件付きの話を聞いても、なお、
ぼく(わたし)の「恋愛」は、
「無条件の愛です。」と思えたなら、
それは「恋愛」を超越したと思われる。

おめでとう!
パンパカパーン♪
あなたたちの愛は、永遠だ。

恋愛を無条件の愛に成長させれば、
その愛は、絶対に終わらない。

ぼくが、保障する。


ぼくは、この無条件の愛を、
完璧ではないかもしれないけれど、
彼女に対して、経験した。

でも、また面倒な話をするけれど、
彼女に対して、と書いた瞬間、
それは、もう無条件の愛、
ではなくなってる。

無条件の愛の相手は、
彼女でなければならない、
という条件が付いた愛、だからだ(笑)

「私はあなたを愛します。」
(あなたが彼女なら)


さすがに、ぼくも、まだまだ、
どんな人にも、誰にでも、
無条件の愛を思えるほど、
成長していない。

無条件の愛を経験すると、
ほとんど、自然な気持ちで、
(それが当たり前のように)
この人のためなら、
ぼくは、どうなってもいいな、と思える。

ぐっと力を込めて、気合いをいれて、
「自分を犠牲にしてもいい!」と
思うような、どうなってもいい、ではなく、
素直に、静かに、だけど、強く、
生命を差し出してもいいなと思える。

命をかけて、というよりも、
命とともに、って感覚でね。

そして、その相手の自由は、
絶対に、奪わないことを、
自分の中で、誓いを立ててる気がする。

誓いを立てるほどだから、
好きになった瞬間、
まだ、相手を独占したいって思うココロが、
ぼくの中にある、ということだと思うけど、
愛すれば愛するほど、
自由にさせてあげたい、
幸せになってほしい、
という気持ちの方が、
全然大きいのは確かだ。


この先、ぼくは、また恋愛するかもしれないし、
もう、恋愛のようなことはしないかもしれない。

だけど、無条件の愛を感じる相手は、
どんどん増えていくといいなと思ってる。

今は、彼女を含めて、何人かに対して、
ぼくは、無条件の愛を感じている。

それでも、70億人の人間の中の数人だ。
真の無条件の愛を経験するには、
まだまだまだまだまだまだ先だ(笑)

あ、それで、このブログで、
一番書きたかったことは何かと言えば、

恋愛は、無条件の愛へのレッスンですよ。

ということでした。

そうでない人は別にして。


「ぼくがまだ恋愛してたときのころの話」
http://spfac.blog129.fc2.com/blog-entry-233.html

「ぼくがまだ恋愛してたときのころの話 その2」
http://spfac.blog129.fc2.com/blog-entry-234.html


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