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なぜか、コメントのお返事をしようとしたら、
スパムと判定されてしまい、保存出来ず。

自分のブログにコメント投稿出来ないなんて。。。

スパムの判定条件を変えようとしましたが、
どこでやるのか忘れてしまい、
ちょっと探したけど、みつからないので、
こちらで、お返事とさせて頂きます。


キラキラさん、ヤルカさん、コメントありがとうございました。
お返事遅れてしまいすみません。
やっとゆっくりとコメント書ける時間が持てました(笑)

とは言え、しっかりとまとまったお返事になっておりませんが、
ご勘弁ください。
これは、まあ、永遠のテーマですね!


To キラキラさん

ぼくのまわりにも何人か、「シ」の選択をした人がいます。
その結果、死んでしまった人もいるし、死ねなかった人もいる。

彼ら彼女らの選択を無謀だとかリタイヤだとか、
或いは、一種の病気であると考えてましたが、
尊重する、という次元まで引き上げて考えると、新しい何かが見えてきました。

確かに、それも、ひとつの選択として、準備されているものです。
でなければ、死のうとしても死ねないはずなので。

ああ、これもひとつの気付きだ。
ありがとうございました ^^


To ヤルカさん

そうそう、重いテーマなんですよね!

でも、自殺する人が、結構、まわりにいて、
その中には身内がいたり親しい友人がいたり近所の人がいたりで、
ぼくの中では、特別なテーマではなくなりつつあります。

確かに死に方は他人が判断出来ないですね。
死んだ理由はわからないし(まわりの人からみて一目瞭然の死に方でも)
まして、死んでいく時の気持ちなんて絶対にわからない。

神さまが「生と死」という仕組みを導入することで、
ぼくらに様々な経験をさせてみようと思ったのだとしたら、
どんな経験も「したくてしてる」と思うし、
生も死も、自らが望んだものだと思うのです。

一般的にみて、めちゃめちゃ辛い経験だとしても、
魂は、計画した経験が出来て、大喜びしているかもしれない。
そこまで考えると、死ってのは、やはり大イベントだなあと思ったり。

自殺は寿命を全うしない死に方だと思ってましたけど、
意外に、自殺も、そうでない死に方も、
イベントの重みとしては同じなのかもですね。

何億年何兆年転生を繰り返したとて、
経験してみないとわからないわけですから。


そうそう、死に関する記憶が蘇ると、ダメージ来ますよね。
ぼくは夢で見るぐらいなので、2,3日で消えますけど、
ヤルカさんの1年以上かかったって、わかるような気がします。

ヤルカさんの経験と、ちょっぴり共有出来た気がします。
ありがとうございました。

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