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2011’01.14・Fri

永遠の反対は?

「永遠」という言葉の意味を考えていて、
ふと、「永遠」の反対の言葉って
何だろうと思った。

ちょっとネットで調べたところでは、
「一瞬」「刹那」が反対の言葉らしい。


そうか?

そうかな?

違うような気がする。


でも、3次元的な時空の視点においては、
もっとも長いのが「永遠」であり、
もっとも短いのが「一瞬」だろうから、
この2つは、確かに、両極端を表す言葉ではある。

両極端を表しているのだから、
すなわち、反対語である、と言われれば、
確かに、そうかもしれない。

じゃあ、「永遠」でも「一瞬」でもないものは、
なんだろう?

「有限」?

でも、「有限」だと「無限」が対になるから、
ちょっと違うね。

「無限」と「有限」の関係は、
まことに明確。

「無限」以外は、すべて「有限」。
「有限」以外は、すべて「無限」。

「永遠」以外は、すべて「一瞬」とはならないし、
「一瞬」以外も、すべて「永遠」にはならない。

二元論的な考え方は出来ないということか。

ある意味、ぼくの中では、
「無限」と「一瞬」は、
同じ意味であるようにも思える。

これは、なぜ、そう思えるのか、
自分でもよくわからないけれど、
「いまがすべて」という言葉は、
「一瞬」(いま)は「永遠」(すべて)となり、
即ち、同じ意味である、ということかも。


今日の夕暮れ時、自宅のリビングで、
自分の命が永遠である、ということを、
なんとなく考えていたとき、
外から、夕日が差しこんで来て、
ポトスやらパキラが群生している壁を、
思い切り照らしてくれた。

これが、めちゃめちゃ綺麗で、
うわあうわあと、ちょっと感動したのだけれど、
例えば、「命」が永遠なものだとしても、
こういう感動のひとときは、
3次元的には、限りある体験であり、
ずっと、感動しているわけにはいかない。

3次元空間は、有限で出来た世界だ。

そのうち、3次元に在ることすら、
出来なくなり、魂になっちゃうわけだけど、
そのとき、意識はあっても、
今のような、明確な3次元体験は出来ないと思われ、
やはり、それは寂しいものだな、と思った。

観葉植物たちが、夕日に照らされて、
輝けば輝くほど、寂しさは増して、切なさに変わり、
実際のところ、なぜ、ぼくが、
スピリチュアルな世界を探求していたのか、
なんとなく、思い出した。

それは、3次元の有限さに対して、
その切なさを解消するため、
だったのかもしれない。

と、ここまで書いて、
いきなり、お釈迦さまが感じた世の無常ってのは、
きっと、こういうことだったのかな、
と思ってみたり(笑)

お釈迦さまと同じレベルにはなれないけれど、
世の移ろいや自分の命の儚さのようなものを、
じーっと考える歳になったのだなと思うと、
なんだか、変な気分。

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Categorie日常

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comments

夕日の出来事は素晴らしい体験ですね。良かったですね。

-:2017/10/26(木) 19:41 | URL | [編集]

古い記事にコメントありがとうございます。
おかげで、6年前の自分にも会うことが出来たような気がします。

taka:2017/10/28(土) 01:11 | URL | [編集]

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