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2010’11.03・Wed

ぼくが死んだら

十分に若いときは、死後の世界と聞いても、
それは、心霊写真とか、天国とか地獄とか、
おどろおどろしい興味の対象に過ぎなかったのだが、
だんだん、歳を重ね、親しい人の死に立ち会ったり、
自分の年齢が平均寿命の半分を超えて、
ぼんやりと折り返し地点のようなものを意識するようになると、
死後の世界を自分の死に重ねてしまうことが多くなってきた。

ぼくが死んだら、ぼくはいいけど、
ぼくと関係する人や物はどうなってしまうのか、
というのが、もっとも考えてしまうこと。

人は、ぼくがいなくても、今だって、それぞれ生きているわけだから、
今、ぼくに依存している部分があったとしても、
まあ、なんとかやっていくのだろう。

物は、処分されるんだろうな。
多分、単純に処分されていいものと、よくないものがある。

パソコンなんかは、個人情報とかも入っているわけだから、
人に譲られると結構困る。
パスワード保護していても、ダメだ。
基本、解体して貰うしかないかな。

遺言に書いておかなくっちゃ。
PCは解体して一ヶ月間水につけておくこと(笑)

蔵書やCDは、みんなに読んだり聴いたりして貰えたらいいと思うけど、
キャラクターグッズなんかは、そのまま捨てられたらちょっと悲しい。

例えば、ぼくはこっそり集めた、リラックマのぬいぐるみとかが、
燃えるゴミの日に出されているのを想像するだけで、
切なく涙が出て来そうになる(笑)

先日、出勤のとき、自宅の近くで、
ゴミ置き場に、ピカチューがいた。

ぼくは自転車で通りかかったので、
ちゃんと確認はしていないんだけど、
大きさは、多分、ピカチュー原寸大。
材質は、ビニールかプラスチックのやわらかめのやつ。
色は、ピカチューだから、黄色だけど、ちょっと黒ずんでいて、
持ち主が、しばらくの間は、置物のようにしていたと思う。

お店で買われたときは、明るい黄色で、
持ち主になった子供は、嬉しくて嬉しくて、
いつも自分のそばにおいておいたかもしれない。

でも年月が経ち、ピカチューの役目は終わったのだ。

一瞬、戻って、そのピカチューを回収しようかなとも思ったけど、
ピカチューの一生に介入するのは、やめておいた。
その方が、彼にとっても、自然だと思ったからだ。

ゴミ置き場に仰向けで置かれているピカチューは、
自分の役目を全うした充実感を感じているか、
それとも、寂しさで胸を震わせているか、
ぼくにはわからないけど、
ぼくが集めたその手のグッズが、
ゴミ置き場に置かれるのはいやだ。

でもなあ、と思う。

結構大量だから、残された人たちは処分に困ると思う。

ぼくの死体を埋葬する古墳があれば、
そこに一緒に安置してもらうんだけどな(笑)

そして、数千年後、発掘される。
未来人は、リラックマやスヌーピーの置物に囲まれた、
ぼくのミイラを考古学的な発見として研究するわけだ(笑)


こうして、考えると、死ぬときのために、
自分の持ち物や人との関係を、整理しておくのは、
結構、時間もかかることだろうから、
必要に応じて、やっとかないとな、と思ったりする。

でも、それって、どうなんだろう?とも思う。

・・・その、生きるために生まれてきたのに、
死ぬための準備をしてていいものなのか、みたいな。

まあ、旅館に泊まったあと、チェックアウトのときに、
軽く掃除をしたりするのと同じようなものかな。

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